方位学の元を辿ったら陰陽道に行き着いたよ。

投稿日:2014/10/6  更新日:

アマゾンにて「陰陽五行」で検索したら下↓の本が引っかかったので買ってみました。

この本で、陰陽道に「方忌み」「方違え」があるのを知りました。「陰陽道って?安倍晴明の時代じゃん!」ってな感じで、「えーーーそこから勉強しなきゃいけないのー(T_T)」ってなりましたよ。(笑)

方位学の歴史を辿ると、元は中国にはじまり、6世紀に朝鮮半島を経由して日本に入り、ここから生まれたのが「陰陽道」で、方位学の元は、陰陽道における「方忌み」「方違え」からはじまったようです。

「陰陽道」は秘術だった!

陰陽道の思想の核は、古代天文術と易、五行論にありました。これらは当時の日本には存在しない極めて高度で先進的な思想体系であったため、さっそく天皇家で取り入れられたそうです。

本来の陰陽五行論は、自然科学分野や博物学、哲学、医学などの諸分野でも主要な理論として用いられていましたが、日本では、それらの学問自体が未発達で、加えて、陰陽五行説が仏教僧侶や道教とともに日本に入ってきたことも関係して、占術・呪術的方面での活用が中心となったようです。

天武天皇の時代、676年に陰陽寮と日本初の占星台が建造され、陰陽道は国家の官僚組織に組み込まれました。陰陽寮関係者以外の人間が、この道を学ぶこと、技能を用いることが固く禁じられ、時の権力者や有力者だけが用いることができたものだったそうです。いわゆる秘術だったわけです。

大正時代に生まれた「気学」

すべて秘術であったのが、時代を経て、江戸時代頃から一般人にも広まり大衆化していき、明治維新を経て、日本が近代化の道を歩みはじめると、こうした易や占星術などを含む中国の哲学思想をもとに新しい学問として体系化しようとする人が現れました。

それが大正時代に生まれた「気学」です。「気学」は日本で生まれた学問で、創始者は園田真次郎という方だそうです。(Wiki:園田真次郎

現在では、気学と方位学は、ほぼ同一語として使われています。

平安時代から受け継がれてきた方位学

陰陽師と聞くと、妖怪と同じく空想の産物かと思っていたら、実際に陰陽寮はあったし陰陽師もいたんですね。陰陽師なんて、すごい階級社会で、今で言う官僚だったんですよ。陰陽師が生きていた時代から「方違え」という方法が用いられていたなんてスゴイですよね。

昔々のその昔から、現在の方位学まで脈々と受け継がれ、積み重ねられてきた知識や知恵は、昨日今日勉強したからといって追いつけるものではありませんが、その歴史を知ると、「やっぱ、方位の影響はあるんだろうな」と思います。

が、方位の見方としては色々あるので、あやふやな面も多々あります。見えない力を気にしすぎる人は、あえて方位学は知らない方が平和かもしれませんね。

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