今日も、晴れていた。

投稿日:2017/04/25 更新日:

4月25日。某国の記念日ってことで、何かあるかも?落ちてくるかも?と警戒態勢の真っ只中ですが、今回は何とか回避したっぽいですね。

でも、今日が無くても明日にあるかもしれないし、今年がなくても来年にあるかもしれません。とは言え、一般庶民に何ができるわけでもなく、淡々と日々を過ごすだけです。

ただ、いざという時の知識はいれておいた方が良いってことで、ツイッターで流れてきた↓の本を買った。この本は、スイス政府が住民と国土を戦争・災害から守るためのマニュアルとして、全国の各家庭に一冊ずつ配ったものの翻訳本。

今日も、春らしい良い天気でした。そんな中、90代と70代の姉妹が、手を繋いで電車に飛び込んだというニュースを見ました。⇒高齢女性2人手つなぎ 小田急線に飛び込み

90代と70代まで生きたのに、なぜに2人で死ななければならなかったのか?死に急がなくても、そう遠くない未来に死を迎えられたはずなのに・・・何とも言えない虚無感を感じました。

↓動物は、無駄な悩みに時間を潰すことなく、ただ生きる。

100名以上が亡くなる脱線事故があったのも、今日のように何でもない春の日でした。事故現場で婚約者を亡くした女性が、婚約者の名前を呼びながら泣き叫ぶ後ろ姿の映像が、今でも脳裏に焼き付いています。

その女性は、何度も何度も彼の名を泣きながら呼び続け、絶望の悲鳴をあげてました。その後、その女性が自殺したことを知りました。喪失感は、人を死に追いやることを知りました。

高齢の姉妹。大事な人を亡くした女性。死を選択せざるえないほどの辛い日々だったのだと想像しますが、それでも、生きるべきだったと思います。

死を選んだとこで解決にはならず、体を失くすだけで、心は死ねず、そこに留まる。と、私は思ってます。

生死は神様の領域です。生かされている私たちは、ただ生きればいいんです。生きる目的はいりません。生かされてる限り、ただ生きる。それでけで充分尊いのですから。

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