手相は経験科学であり統計学でもある。

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「すごい、手相でそんなことまで分かるんですか!?」とか言われると、いつも「手相は統計学ですから」と答えてきましたが、↓の本を読むと「手相は経験科学」とありました。

手相の話 (運勢叢書)
20150322_1-min

手相は経験科学であり、統計学でもある。

「手相は当たるの?」とか「手相の根拠は?」とか誰でも思いますよね。「手相はまやかし」とか「占いに根拠はない」と言う人もいます。

けれど「手相」は、純粋科学まではいかないけど、数多くの実例と個々の事例の観察から「この線・紋は、こうした意味・事象を示す」と法則化された経験科学なんですね。

統計学と経験科学の違いが分からなくて、色々調べていたら、どっかのQ&Aサイトに「手相は統計学ですか?」という質問に分かりやすい答えがありました。

統計学です。それで、昔の学問は全て統計学なんです。と言っても、今の科学の統計とは別です。標準偏差も因子分析もクラスター解析もしません。現象の因果関係を組み上げていった、膨大な経験科学なんです。

歴史的淘汰って言いますよね。長い歴史の中でいろんな人間が使ってみて、よかったものだけが残るというものです。これが経験科学なんですね。一番確かなものです。芸術でも道具でも習慣でも宗教でも文化でも、全てのものが歴史的淘汰を受けています。人間に有用なものだけが残ってるんですよね。

で、手相というのはそれをさらに突き詰めて、こういう場合にはどう手相に現れるのか、ということを膨大な経験則から因果関係を見極めていったものなんです。そういう意味で、統計学と言えるでしょう。

なるほど!手相は、経験科学でもあり統計学でもあるってことですね。

「手相は膨大な経験則から、現象の因果関係を見極めていったもの」と言われると、とても分かりやすいです。数千年にも及ぶ膨大な経験科学が、手相の根拠となっているわけです。

私も、先人の知恵を活用しながら、自分なりに手相に現れる線や紋と現象との因果関係を鑑定(研究)しているので「科学者」ってことになりますね!>違うと思う(笑)

手相を観る人間によって、その結果は全然違う

今、手相鑑定書を作っていて、分からない線について調べ回っている時に、とあるブログの手相鑑定を見つけたんですよ。その鑑定内容を見て、私とは違うなーと思いました。引っかかるとこが全然違うんですよ。

ブログに掲載されている手相写真は、両手共に「離れ型」だったんですが、その方の鑑定結果には離れ型のことは一切触れていませんでした。先日、手相鑑定に来られた方も離れ型だったのですが、私とは違う人にメールで手相鑑定をしてもらったけど「離れ型」については全く触れられなかったと。

手相には「◯◯な線を持つ人は☆☆な人」的な法則はあっても、「1+1=2」というような万人に共通の正しい答えは無いので、基本的な線の見方に大差は無くても、どの線を重要視し、どう鑑定するかは手相を観る人によって違います。

同じ映画を見ても、印象に残るところ、感動するところが人によって違うように、同じ手相を観ても、観る人のバックボーン(年齢や経験、考え方など)によって気になる線も違えば、その結果をどう表現するかも違うので、鑑定結果は人により全く違うものになるってことですね。

手相も進化する?

昔の書籍を見ていると、線や紋の名称が違います。医学が進歩しているので、昔は死相と言われたものが、今はそうでないこともあります。常識も価値観も変わってきているので、昔は凶相でも、今は吉相と言えないこともない場合もあります。

この50年で日本人の体型が大きく変わったように、実は手相も変わってきているのかもしれません。この先、50年100年後には、手相自体も変化し、各線や紋の解釈も違うものとなっていくのでは?とも思います。

これら全てが経験則として新たに蓄積され、経験科学・統計学としての手相学も進化していくんですよね。これから、どんな風に手相学が変化していくのか?私自身が、その変化に気づけるのか?手相観をする限り、科学者(?)として一生研究・一生勉強が必要ってことですね!(・∀・)

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